持つべきものは生涯の親友。数年ぶりに人前で泣いた話。


出典:「https://www.pexels.com/」
 
シノです。
 
ちょい久々の記事更新の今回は、「やっぱり持つべきものは生涯の親友だと再実感した」という日記です。
 
最近感じていた事、新たに気付いた事、友達の事等、纏まりのない想い綴った記事になると思いますが、興味ある方はお付き合い下さい。
 

 

5月は「令和パワー」で半端ない勢いで「出会い」と「別れ」のあった月だった

 
5月4日に一般参賀に行って令和パワーを浴びたからなのか、ただでさえジェットコースターみたいな私の人生でも歴史に残る位にめまぐるしく色々な事があった1か月でした。
 
よく「3日、3か月、3年が節目」というけれど、ネットビジネスを始めて3年経った昨年の後半あたりから色々と思う事が出てきたり、良くも悪くも達観した事などもあって、昨年の秋冬から今後の方向性について考えてきました。
 
そして一般参賀に行った後に私の周囲の人達にも色々な変化が沢山起きていて、それらも良いキッカケとなって、私自身が今年の下半期から新たに挑戦したい事も明確になり、5月という1か月をようやく抜けて新たに動き出しました。
 
 
ホントに何だったんだろうって思う位に5月は色々と凄かったです。
 
思わぬ別れがあった代わりに全く予期してなかった嬉しい新たな出会いもあったりして、さすがにジェットコースターな人生歩んでる自分でも「いや、ちょっと目まぐるしすぎじゃないですか私?」と自分ツッコミを何度かした位で。
 
会社員やってる友人もこんな時期にいきなりの人事異動があったり、ネットビジネスの世界で繋がってる人達でも大きな動きや変化があったりして、最初は何でこんな皆立て続けに色々な事が起こるんだろうねーって色んな人と話してたんだけど、結果「もうこれは令和パワーって事にしておこう」という事で片づけました。
 
 
1年分を1か月に凝縮した位に濃ゆい日々が続いてちょっと疲れてたので、5月の後半は新たな目標の為の情報収集をしつつ少しペースダウンして過ごしてました。
 
そんな中でタイミングよく小学校からの親友とランチに行ったある1日。
 
なんかもう「本当にこの子が居てくれて良かった」と改めて親友の有難味をかみしめた1日でした。
 
 
 

本当の友達なら・・・何人居たっていいじゃんね、って思った

 
ネットビジネスを始めてから特にこの2-3年は、未来型の人達との関わりが深くなってた事もあって、プライベートの友達と会いながらもネットビジネスの世界での人達と会う機会が本当に多くなってました。
 
勿論私にとってプライベートで会う友達も、未来型の人達も大事な人達に変わりない、という事は大前提なんだけど
 
ここ1年位は未来型の人達の存在が大きくなっていた事もあって、みんなの言葉に「引っ張られる」事が強くなっていました。
 
竹川さんはじめ未来型の人達と会うたびによく話題に上がっていた話ネタの1つに「私は友達が少ない」「僕は友達があまりいない」という話があるのですが、私このネタにかなり引っ張られてたんだな、って事に気づきました。
 
※誤解ない様にあらかじめフォローしておきますが、これから書く事は決して皆を批判したいとかそういう意味じゃなくて、私の気持ちを綴る為に必要だから正直に感じてきた事を綴ります。
 
 
「自分は友達全然居ないです」という人達の中で会話をしていると、その会話が行きつくところって大概「上辺だけの友達は必要ないよね。友達居なくてもこうやって同じ志を持った仲間が居れば幸せ」という結論に落ち着きます。
 
だから私は毎回このトピックになる度に
 
「友達が居る=上辺で広く浅い付き合いをしてる、という事なのかな?」とよく感じてましたし、「あれ?私って上辺の付き合い未だに続けてる?いや違うよね」と自己確認をした事も何回かありました。
 
笑って受け流しつつも結構混乱してました。
 
 
確かに20代の頃に比べたら30代の今は「数」で言えば友達は減りました。
 
何度か人間関係の整理もしてきたし、会う度にネガティブな方向にしか引っ張られない友人とは距離を保つようになったし、でもかといって全然友達が居ないわけでもないから、友達が多いか少ないかと聞かれたら「フツーなんじゃない?w」と答えます。(こういう質問も定義がよく分からないんだけど。笑)
 
 
社会に出て「何でも話せる親友がたった1人でも居る」事がどれだけ恵まれてる事なのかは周囲を見て来て痛感してきてるし、毎月まめに会ってる親友達はみんな15年以上の長い付き合いだからお互いの事をよく分かってて一切気を遣わないし、30年位の付き合いの小学校からの親友も何人か居ます。
 
だから私は凄く恵まれてるんだろうな、という事はずっと感じてきてます。
 
 
でもこんなに恵まれた状況なのに、大事な友達が居てくれてるのに、「友達が少なくていい。むしろ居なくていい」という人達の言葉を聞く度に段々引っ張られていった部分があって
 
「あれ?友達が居るって余り良くない事なの?それって私が上辺で八方美人になってるって事なの?友達と会う回数減らした方がいいの?」とワケわからない混乱をしてしまっていた部分がありました。
 
私にとっては今未来型のお客さんやコンサル仲間は大きい存在だし、毎月会って話をしてるから尚更言葉に「引っ張られる」威力が強くなっていって(勿論私も引っ張ってるからお互い様って意味でね)、だから混乱しちゃったんだろうな、と今は思う。
 
勿論引っ張られたのは私の責任だし、私が勝手に引っ張られただけなんだけどね。
 
 
でも今は、「何にも混乱する必要もないし・・・心許せる友達が居てくれる事は幸せな事じゃん!」という所にやっと自分の気持ちが落ち着きました。
 
 
 

小学校からの親友Tちゃんと話してお互いに気付いた事

 
長年この変わったシノという人間と付き合ってくれてる親友達の中で、一番付き合いの長い生涯の大親友Tちゃんが居ます。
 
私もTちゃんもお互いにぶっ飛んだ変な人間同士なので、いつ会ってもお互いに爆笑ネタがつきなくて笑い泣きし合う仲。
 
小学校2年生の時からの親友Tちゃんと私は、お互いに37歳の今も地元に住んで徒歩5分の激近な場所に住んでます。
 
距離的にはいつでもすぐ会える距離だから20代の時は週5の頻度で会ってた時もあった。
 
 
今はTちゃんは4歳と1歳という超やんちゃざかりな2人の男の子のママをやりつつ、管理栄養士兼公務員として小学校でフルタイムで働いているという激務な日々なんだけど、毎月必ず私と会う時間を最優先して作ってくれます。
 
私はTちゃんが仕事に家庭にと、超忙しいのも分かってるから無理しなくていいよ~って言うんだけど、Tちゃんは必ず毎回会うたびに「シノと毎月会う事が私の人生最大の楽しみなんだから!!!」と言って次に会う日程を必ず決めてからバイバイします。
 
 
お互いの事を家族よりもパートナーよりも誰よりも一番知ってるし、家族でも知らない様な事も何でも話します。
 
 
私が高校中退して荒れてた時期とかお互いに全く連絡取らなかった時期もあったし、10代・20代の頃にお互いのネガティブな部分も見せあって喧嘩も沢山してきた。
 
お互いに常に刺激しあって背中押し合えてきた存在でもあって、私がプロマンガ家になれたのはTちゃんが居たからだし、パニック障害になった時も真っ先に電車に乗るリハビリに付き合ってくれたし、離婚した時に私以上に泣いて寄り沿ってくれたのもTちゃんだった。
 
 
私の生涯ベスト映画の1つ「フォレスト・ガンプ」で、主人公のフォレストが戦場で親友を失った時に「生涯の親友なんてそうそう見つかるもんじゃない」とつぶやきますが、ホントその通りだと思う。生涯の親友なんて、そうそう出来るものじゃない。
 
 
 
で。。。この色々と混沌とした5月の後半、Tちゃんと毎月恒例のランチをしました。
 
Tちゃんは週末休みだから会うのは土日のランチなんだけど、今年に入ってから仕事量が増えてランチ時間も2-3時間だけ、という日も増えました。(十分ですか?笑)
 
今回もTちゃんは家事が溜まってたから2-3時間ランチしたら帰ろうって話していたんだけど、Tちゃんと会うちょっと前、シノはここ最近あった色々な事をラインで報告していました。
 
ラインでのやりとりは普通に普段もやってるし、今回もいつもと同じ感覚で私はライン報告をしたんだけど
 
当日、Tちゃんはメッチャ早起きをしたらしく「今日はもう家事全部片づけてきたから時間は大丈夫!沢山話そうよ!」とわざわざ時間を作ってくれてました。
 
 
私はいつも誰といても基本笑顔で笑ってる人間で、きつい事とか大変な事があっても表情とか言葉には出しません。
 
別に泣くのとか落ち込むのは一人で時間作ってやればいいじゃんと思ってるし、せっかく人と会ってるのに負のオーラとかネガティブな表情出すのが好きではないし、特に離婚後に精神的に自立してからは自分でも怖い位に自分をコントロール出来る様になったので、気心知れた友人達と会ってても相手の悩みを聞く事はあっても自分がそういう話をする事は滅多にありません。
 
強がってるわけでもなくて、もうそういう振る舞いが身に着いてるから、それが私にとっては自然な事で。
 
だからTちゃんと会う時でも、Tちゃんの仕事の相談を聞いたりはするけど私が何かを相談したりとかは滅多にしないし
 
私のプライベートな話とかを聞いてもらってTちゃんが感極まって涙流す事はよくあるんだけど、私本人はヘラヘラ笑ってたりします。
 
 
でもなんか、この日は違ったんですよね。
 
ランチをしてる時は普通にいつも通り楽しく会話して、その後に10年振り位の超久々のTちゃんとの女2人のドライブに行って。
 
いつも通りTちゃんは相変わらずすぐ泣くから、自分の話でも私の話でも泣いたり笑ったり大忙しで、私は相変わらずいつも通り笑っていたんだど、
 
Tちゃんが早朝起きて家事を全部片づけてくれた事とか、私が笑顔と裏腹に本当はメッチャ疲れてる事を察してドライブに連れていってくれた事とか、そういう事考え始めたら感情が一気にこみあげてきて、何年振りだろう・・・久々に人前で涙を流した。
 
 
きっとTちゃんが私を想ってくれてる気持ちってもう「友情」という言葉は超えてるんじゃないかなって私が言うと
 
うん、これは友情じゃなくて「愛」だと思うわ。ってTちゃんが言った。
 
 
Tちゃんは私がニヒリズムな部分を持ってる事も重々分かってて、私がふと突然消えてしまうんじゃないかって不安を抱える事もあるらしくて
 
「私は子育てがひと段落ついたら、また10代・20代の頃みたいにシノと気楽に好きな時に出かける余生を楽しみに生きてるんだよ~」
 
「だからまあ無理にとは言わないけどさあ、その時にシノが生きててくれたら私は嬉しいんだよね~」って笑いながら良く言う。
 
 
 
私は離婚を経験してから自立しすぎてしまった部分があって(自立は勿論良い事なんだけどね)、もちろん感情はあるし喜怒哀楽もあるけど、でも常に冷静になり過ぎて俯瞰しすぎる様になっていて
 
プライベートで大事な人が居る事に対して、嬉しい気持ちの反面で「まあ、でも人の気持ちなんて3年後にはどうなってるかわからないし」と凄く冷めた感覚もあるし
 
ネットビジネスの世界で良くも悪くも色々な経験をしてきた中で
 
ネットを通じないと知りあえなかった素敵な人達と関われる嬉しさや喜びを知った反面で
 
「今はどんなに交流軸で深く信頼し合って関わってても、結局はビジネスの関係だからコンサルが切れたらまあ疎遠になっていっても仕方ないよね」と割り切ってる部分も当然あるし
 
「コンサルしてる人が成果出せなかったらそれは私の責任でもあるから離れても仕方ない」という覚悟もずっとあるし
 
だからパートナーシーップでも、ネットビジネス含めて仕事の人間関係でも、情に熱く脆い反面で、冷めて俯瞰してる部分もあるというワケわからない感じなのですが
 
「友達」という存在に対してはその冷めた感覚がないんだな私は。という事に改めて気付いた。
 
 
 
人によって友達の定義は違うと思うけど。。。
 
今の私にとって「友達」というのは「親友」と同義語で、だから20代の頃はバンバン参加していた気を遣う大人数の飲み会とかは今は誘われても断わるし、軽い表面的な会話しかしない人も私の中では別に友達ではないかな。。。(「知り合い」て感じ?)
 
何でも話せて、会いたい時に遠慮せずに声掛けあって会えて、一緒にいて気を使わない自然体で居れる人が「友達」だと思ってて、そんな友達が周囲に居てくれる私は本当に恵まれてるんだなと思った。
 
 
今回Tちゃんとの1日を過ごしたおかげで、友達という存在の有難さを再実感出来ました。
 
 
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