漫画家デビュー後挫折した30代の私がその後再就職せず出会えた世界

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出典:「https://www.pexels.com/」
 
シノです。
 
私は20代のすべてを懸けて27歳という遅咲きながら、やっとなりたかったプロの少年漫画家としてデビューしました。
 
でもそのわずか2年後、私は漫画家世界の壮絶な競争社会の中でストレスが限界を超えてパニック障害になりました。
 

漫画を描くどころか、日常生活すらままならなくなった私は約一年間かけて日常生活を取り戻す為に辛い日々を送りました。
 
家族、友人、当時付き合って居た日本人の元彼、周囲の支えのおかげでパニック障害を克服した私ですが、大きな問題が残ってました。
 
 
「漫画家という生き甲斐を失って私はこれから何を糧に生きていけばいいんだろう・・・」
 
 
私は物心ついた時、ゲゲゲの鬼太郎とピーターパンに二股かけて初恋をして、その時に鬼太郎を描きまくり絵を描く楽しさを知りました。
 
幼稚園に入ったころに、ドラゴンボールのアニメ放送が始まり、毎週悟空と一緒に大冒険していた私は小学校の時に漫画家という職業を知ります。
 
病院の待合室で初めて手にした少年ジャンプを見て、そこに載っていたドラゴンボールの漫画に衝撃をうけました。
 
「えええ!これって1人の人が描いてるの?!すげえ・・・これだー!」
 
“鳥山明”神先生の描くドラゴンボールに憧れ、私も鳥山先生と同じ様に人にワクワクを届けたい、若干10歳の時にすでに自分の人生の行く道は決まってました。
 
 
そこから高校中退してグレたりした時期はあったものの、大学を卒業した後には(大検とって大学入りました)企業で働きながら、仕事の後や土日に漫画を描いては必死に出版社に持ち込みを続けて門前払いを喰らう、という生活を約5年間続けました。
 
もともとのスタートが遅かったこともあり、27歳になってました。
 
25歳が暗黙のボーダーラインといわれてる少年漫画家の世界ではアラサーという年齢のハンデは相当大きなものでした。
 
でもやっとのことで、恩人となる編集者に拾われ、大手少年雑誌で賞を受賞しデビューする事が出来ました。
 
 
反対する親を半ば強引に説得して正社員を辞め、ついに27年間願い続けていた漫画家の世界に飛び込みました。
 
普段は泊まりこみで漫画家のアシスタントをしながら、徹夜しながら自分の漫画も描き続けて連載を目指してました。
 
そんな生活が2年間続き、ちょうど東日本大震災が起きた年に私はパニック障害になりました。
 
 
今まで漫画家になる事を一番生き甲斐に生きてきて、これからの人生も漫画家で絶対に大成功してやろう!と思っていた。
 
でももうパニック障害の恐ろしさを一度経験した私は、いくら回復したとはいえ漫画家の世界に戻る気にはなれなかった。
 
ストレスでパニック障害が再発するのが怖かったというのもあるかもしれないですが、その時の私はもう漫画家というモノに対して燃え尽きた感が出てしまったんです。
 
よく周囲の友人達に「そんなに行き急いだら早死にするよー」なんて冗談めかして言われるくらい、私の毎日は漫画の為にささげてきました。
 
寝ても覚めても頭の中は漫画の事ばかり。
 
大好きな映画を観ていても、なぜこの映画は面白いのかとか、ストーリーの伏線回収や演出を自分の漫画にどうやって生かすかとか、もはや純粋に映画を観ることがなくなってました。
 
 
ワンピースやハンターハンター等の超面白い漫画を読むと、面白い反面悔しさも出てきちゃって、純粋に読者として漫画を楽しく読むという事が出来なくなってました。
 
それ位に漫画の奴隷と化していながらも、でも私は幸せでした。
 
多くの人が生き甲斐が見つからないと嘆く中で、自分には人生の生き甲斐とするものがある。
 
 
でも、そんな漫画に対して完全燃焼してしまった気持ちはもう取り戻すことは出来ませんでした。
 
実はパニック障害の後に、何となく気まぐれで、当時お世話になってた雑誌でボツになった連載企画を他の少年雑誌に送ってました。
 
そしてまさかの、その企画読み切りを読んだ編集者から電話があり、私の作品は大きな賞を受賞し、ぜひこの企画で連載を狙っていきたいから一度出版社に来てほしい、というお話を頂きました。
 
喉から手が出る程に掴み取りたかった”連載”という2文字。
 
連載を掴むために、色んなものを犠牲にしてつき進んできた。
 
なのに・・・編集者からその電話を頂いても思ったほど喜んでいない自分に驚いてました。
 
その後、とりあえず出版社にいって編集者と会って話しをしたものの、やっぱりなぜかもう以前のような「よーし!絶対に連載掴み取ってやる!」という気合が自分の中に湧き上がらなかったんです。
 
出版社を後にして帰りの電車の中でふと気づきました。
 
ああ、私は燃え尽きたんだな、と。
 
 
 
その後、漫画の世界で生きることが無理だと判断した私は、編集部に断りの電話を入れました。
 
大手少年誌からの連載企画を新人漫画家である私が断わるという事はどういう事か、十分わかっていました。
 
3年前の自分が知ったらケリいれられるだろうなーと思いながら、でもなぜかスッキリした気持ちになって、その時に改めて「ああ、、やっぱ私は燃え尽きたんだな」と再認識しました。
 
 
スッキリ漫画の世界にサヨナラしたものの、自分の体の一部を失ったような感覚に襲われた私は、もぬけの殻みたいになってました。
 
今更何をするんだろう・・・再就職?何の仕事で再就職を探すの?何がしたいの私は?
 
 
その後、生き甲斐を失った私は、当時結婚もせずにダラダラ10年以上も付きあっていた元彼にも別れを告げ、昔からずっと憧れていながらも漫画家への想いがあって踏み切れなかった海外への想いが膨らみます。
 
年齢的にもワーホリビザ申請ギリギリとなっていた為、もうなるようになると思い、半分日本から逃げるような気持ちで海外に飛び出しました。
 
 
 
それから今の夫と出会えて国際結婚して海外生活も実現して、新しい人生とパートナーに恵まれたものの、漫画の世界を去ってから消えることがなかった「何のために私は生きているんだろう」という想いはずっとありました。
 
海外で働いたり、色んな新しい楽しい世界を経験したけど、でも私の中で常にあったのが「漫画家という生き甲斐を超えるものはないだろうな」というもの。
 
でもまあそれでもいいのか・・・パートナーも居てくれるし、求めすぎかもしれない・・・
 
半ばあきらめの境地でそんな風に自分に言い聞かせてました。
 
 
そんな私は海外に飛び出してから2年後、インターネットビジネスという世界を知ります。
 
そしてさらに1年後、今の師匠と出会い、ついに私は漫画家時代を超える生き甲斐に出会いました。
 
今やっているインターネットビジネスです。
 
 
師匠が教えてくれた、好きな事を爆発させてワクワクしながらブログ書いて情報発信していく楽しさ、お客さんとの交流を一番大事に信頼関係を気付いていく大切さ、沢山の事。
 
そのおかげで私は今、2年前には想像だにしなかった漫画家を超える生き甲斐に出会いました。
 
沢山のお客さんと交流して、サポートさせて頂いて、コンサルさせて頂いて、悩んでいる人達に自分軸で生きて行けるという道を伝えていける楽しさ。
 
 
私はネットビジネスの世界で、師匠と出会い、漫画家挫折という経験を経てやっとこれが自分の生きる道と思える、ライフワークに出会えました。
 
ブログのバナーやアバターを描いたり漫画家時代のスキルも生かせるし、性格的に話をする事が大好きな私はセミナーの講師もメチャ楽しみながらさせて頂いて、そして何より自分を信じて私のサポートを受けてくれている人達と交流できる事の楽しさ、サポート出来ることの嬉しさ。
 
 
大変な事は沢山あるけど、でももう絶対にこの世界から離れたくないし、師匠やコンサル仲間とも一生の家族でありたいし、本当に幸せな日々を過ごせてると実感してます。
 
それはすべてネットビジネスのお陰。師匠と出会えたのも、今交流させて頂いてるお客さんと出会えたのも、ネットビジネスのおかげ。
 
色んな情報商材を買って実践して挫折を繰り返し、時には詐欺だったかもと思うような講座に参加してしまったり、失敗も沢山してきましたけど、それでもこの世界を諦めなくてよかったとつくづく思っています。
 
 
 
だからですね、私がアナタに伝えたいのは、もしもあなたが今ネットビジネスでも仕事でも漫画家でもミュージシャンでも、何の仕事をしていたとしても、なんていうか・・・動くことをやめないで欲しいなと思うんです。
 
もし今の仕事が辛くて転職したいと思うならその為の情報収集を続ける、決して「やっぱ今の会社のままでいいやー人生終わったなー」なんて諦めないでほしい。
 
もしも漫画家やミュージシャン挫折してどうしよう、てなっているとしても、やっぱり情報収集をして行動し続けるという事をしてほしい。
 
もしもネットビジネスをやってるけど成果出なくて辛い、もう挫折しそうだというのであれば、誰かサポートしてくれる人を見つけるための行動を起こしてほしい。
 
私がネットビジネスという世界に出会えた事、師匠という人に出会えた事、そして今生き甲斐となるものを掴めたこと、これは全て私が行動を止めなかったからです。
 
 
どうにか漫画以外で自分がもう一度やりたいと思える事がないか必死に情報収集して出会ったのがネットビジネスの世界であり
 
ネットビジネスで挫折と失敗ばかりしてもうダメだと思いながらも、藁にもすがる思いで思い切って参加した交流会で出会ったのが師匠であり
 
成果出なくて辛かったし作業面倒くさかったけど手を止めないで続けてきたから、こうして沢山のお客さんと交流出来てるし
 
 
動きを止めなかったから、行動を起こしたから、行動を起こし続けたからこそ今の生活があります。
 
 
だからアナタも私と同じく行動を止めなければ、必ず生き甲斐となる仕事に出会えるし、成果出せます。
 
辛かったら誰かこの人!と思う人を見つけて相談メール送ってみたっていいんです。
 
一人で立ち止まって考えるのはやめて、行動を起こしていってほしいなと思います。
 
 
 
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